前回は、量子力学を「期待値の構造を古典から非可換へ拡張したもの」として解説しました。
今回はその続きで、まだ導入していなかった時間発展を加えていきましょう。すると、時間発展の生成子としてハミルトニアンが自然な形で姿を現し、さらに古典極限をとると正準方程式も顔を出してくれます。
この記事の流れ
孤立系の時間発展に、どんな性質を要請したくなるかを整理する。
その要請から、時間発展が \(e^{-it\hat H/\hbar}\) と書けることを使う。
時間発展を観測量の側へ移して、ハイゼンベルグ方程式を導く。
1質点系では、期待値の運動が古典の正準方程式に落ちることを見る。
その比較から、\(\hat H\) が古典ハミルトニアンに同定され、\([\hat x,\hat p]=i\hbar\) も自然に定まることを見る。
1. 量子系の時間発展
孤立系を考えるとき、「外から何もしていないなら、時間発展はその系の内在的な法則だけで決まるはずだ」と考えたくなりますよね。時間 \(t\) だけ進める操作を \(\hat U_{t}\) と書くと、少なくとも次の二つの性質は自然に欲しくなります。
時間発展への自然な要請
最初の式は「0秒進めても何も変わらない」、二つ目は「\(s\) 秒進めてから \(t\) 秒進めることと、まとめて \(t+s\) 秒進めることは同じ」という意味です。前回の文脈で言えば、状態空間上の物理的な時間発展は期待値のアフィン構造を保ってほしいので、状態への作用はアフィンであるべきだと考えられます。そして孤立系であれば、そのアフィン変換は時間パラメータについて1パラメータ群をなすのが自然でしょう。
さらに、時間をほんの少しずらしたときに挙動が突然変わらないことも当然求めたいので、\(t\) に関する連続性も仮定します。こうして、孤立系の時間発展は「連続なアフィン1パラメータ群」として扱うのが自然な出発点になります。
2. ストーンの定理で見慣れた形に
純粋状態ベクトルに持ち上げた時間発展がユニタリ1パラメータ群になっているとすると、ストーンの定理によって、その生成子は自己共役作用素で与えられます。そこで、その生成子に \(\hbar\) を掛けたものを \(\hat H\) と書けば、
時間発展の指数表示
という見慣れた形が得られます。ここで大事なのは、時間発展が自己共役作用素によって生成されるという構造です。指数の中身 \(t\hat H/\hbar\) が無次元であることから、\(\hat H\) はエネルギーに対応する演算子として自然に読めますね。後で古典極限を見ると、この \(\hat H\) がそのままハミルトニアン演算子として働くことがわかります。
状態 \(\hat\rho\) の時間発展をシュレーディンガー描像で書くと、
となります。時間発展が共役作用の形で書けるので、期待値 \(\operatorname{Tr}(\hat\rho \hat A)\) という構造はきちんと保たれます。
3. ハイゼンベルグ方程式
期待値は描像によらず同じであってほしいので、
と書き直し、時間発展を観測量の側へ移したものを
と定義します。これをそのまま時間で微分すると、
となりますね。\(\hat H\) は自分自身とは可換なので、左右どちらへでも自由に移せます。したがって、
とすっきりまとまります。これをきれいに書き直すと、
ハイゼンベルグ方程式
が得られます。これが時間発展の微分形です。観測量がどのように時間変化するかは、\(\hat H\) との交換子だけで決まる、というのはなかなか印象的ではないでしょうか。
4. 古典力学との整合性
ここからは、まず1質点系だけを考えましょう。観測量として位置 \(\hat x(t)\) と運動量 \(\hat p(t)\) があり、ハミルトニアン演算子 \(\hat H\) は \(H(\hat x,\hat p)\) の形にとれるとします。ハイゼンベルグ描像では密度演算子 \(\rho\) は時間に依らず固定されているので、古典極限との比較も演算子そのものではなく期待値
の運動として見るのが自然です。そこで、演算子をこの期待値のまわりで
と分けます。こうしておくと \(\operatorname{Tr}(\rho \delta\hat x)=0\)、\(\operatorname{Tr}(\rho \delta\hat p)=0\) が定義から厳密に成り立ちます。ここで \(\varepsilon\) は古典スケールに対する相対的な揺らぎの大きさを表すパラメータで、代表的な位置スケール \(X_{*}\) と運動量スケール \(P_{*}\) を使って
となるとします。
つまり \(\varepsilon\) は、位置や運動量そのものの大きさではなく、期待値のまわりのゆらぎを古典スケールで測った相対量です。以下では古典ハミルトニアンの関数形 \(H(x,p)\) を使い、\(\hat H = H(\hat x,\hat p)\) を \((x_{\rho}(t),p_{\rho}(t))\) のまわりで展開していきます。
\(\hat H\) の期待値まわりのテーラー展開は
となります。ここで
は、いずれも期待値の点で評価したただの数です。
5. 期待値の運動を評価する
位置と運動量にハイゼンベルグ方程式を当てはめると、
です。ここで重要なのは、これをそのまま演算子方程式として比較するのではなく、固定した \(\rho\) で期待値を取って評価することです。左辺は
と厳密に期待値の時間微分そのものになります。したがって右辺も同じ \(\rho\) で評価して、
を調べましょう。まず \(\hat x = x_{\rho} + \delta\hat x\)、\(\hat p = p_{\rho} + \delta\hat p\) で \(x_{\rho},p_{\rho}\) はただの数なので、
が成り立ちます。先ほどの\(\hat H\) のテーラー展開で1次の項までを明示的に計算すると
となります。
6.正準交換関係を定める
上の式の主要項が古典の正準方程式と整合するための条件を考えます。
古典では
という正準方程式が成立します。
主要項を一致させるには
とするのが自然です。
\(x_{\rho}, p_{\rho}\) はただの数なので、これはいつもの正準交換関係
と同値です。
正準交換関係を仮定すると
となります。つまり、期待値の運動の最低次は正準方程式そのものになります。
また、この議論を通じて \(\hat H\) は古典極限で正準方程式を生むハミルトニアンに一致するので、そのまま量子系のハミルトニアンであると同定できます。
7. おまけ
ここからは2次以上の寄与を評価しましょう。そのために、対称化積 \(\operatorname{Sym}\) を使って高次の中心モーメントが
を満たすと仮定します。特に、\((\delta\hat x)^{2}\)、\(\operatorname{Sym}[\delta\hat x\delta\hat p]\)、\((\delta\hat p)^{2}\) の期待値は \(O(\varepsilon^{2})\) であり、3次以上の項も同様に次数つきで抑えられているとみなします。ここで \(\operatorname{Sym}[\delta\hat x\delta\hat p] := \frac{1}{2}(\delta\hat x\delta\hat p + \delta\hat p\delta\hat x)\) です。
2次部分を
とし、すでに定めた \([\delta\hat x,\delta\hat p]=i\hbar\) を使うと、
となります。つまり2次項は交換子を取ると1次の項になりますが、\(\delta\hat x,\delta\hat p\) は中心化してあるので、
が厳密に成り立ちます。さらに、3次以上の項でも交換子は \(\delta\) の次数を1つ落とすだけなので、\(k\) 次の項は期待値を取ると \(k-1\) 次の中心モーメントで評価されます。したがって \(k=2\) の寄与は今見たように厳密に0になり、\(k\ge 3\) の寄与はすべて \(O(\varepsilon^{2})\) 以上にしかなりません。
結局、期待値の運動方程式は
となり、ゆらぎの1次の項が消失します。
言い換えると、量子効果は2次以上の補正として効いてきます。
8. 一般の系へ拡張する
1質点系で期待値の運動が古典の正準方程式に落ちることを要求すると、\(\hat H\) はハミルトニアン演算子に同定され、\([\hat x,\hat p]=i\hbar\) という正準交換関係も定まります。そこで、この見方を一般の量子系へと広げてみましょう。すなわち、位置や運動量のような古典変数が最初からはっきり見えない系であっても、孤立系の時間発展を生成する自己共役作用素 \(\hat H\) をハミルトニアン演算子と呼ぶことにします。
こう捉えると、量子論のハミルトニアン演算子は「エネルギーに対応する量」であると同時に、「時間発展を生む生成子」でもあることがわかります。むしろ、構造として本質的なのは後者の側面です。
今回のまとめ
孤立系の時間発展には、連続な1パラメータ群の構造を要請したくなる。
ストーンの定理により、その時間発展は \(\hat U_{t} = e^{-it\hat H/\hbar}\) と書ける。
観測量側へ移せば、\(\frac{d\hat A(t)}{dt} = \frac{i}{\hbar}[\hat H,\hat A(t)]\) というハイゼンベルグ方程式が出る。
1質点系では、ハイゼンベルグ方程式の期待値を取ることで、期待値の運動が古典の正準方程式に落ちる。
その比較から、\(\hat H\) は古典のハミルトニアン \(H\) に同定され、基本交換関係 \([\hat x,\hat p]=i\hbar\) も自然に定まる。
厳密には、ストーンの定理や非有界作用素の扱いには関数解析的な注意が必要です。ここでは入門として、構造がどうつながっているかを優先して話を進めました。