量子論の時間発展といえば、シュレディンガー方程式が最も有名です。
シュレディンガー方程式は、通常の量子力学の時間発展の基本法則として波動関数というふわふわした概念とともに唐突に論理的飛躍を持って登場します。

現代においては量子状態の時間発展は情報処理の一種としてその性質が深く理解されており、その観点ではシュレディンガー方程式による時間発展はある種の理想化が入った具体例であると言えます。

本記事では量子系の一般的な時間発展がどのように理解されているのかを解説します。

(見た目がスッキリしてほしいという願いから、二重化ベクトルの記法を試しに使ってみました。思惑通りにはいきませんでしたが最後のシュタインスプリング表現は綺麗に見えるかな?と思っています。)

記法の導入:二重化

まず記法を導入します。

有限次元のヒルベルト空間 \(\mathcal{H}\) を考え、正規直交基底

\[\{|i\rangle\}_i\]

を一つ固定します。

この基底を使うと、\(\mathcal{H}\)上の演算子の空間 \(\mathcal{L}(\mathcal{H})\) からテンソル積空間 \(\mathcal{H}\otimes \mathcal{H}\) への1対1の線形写像を定義できます。

まず基底演算子に対して

\[|i\rangle\langle j|\quad \longmapsto \quad |i\rangle\otimes |j\rangle\]

と対応させます。

この対応の線形性から、任意の演算子

\[X=\sum_{ij}X_{ij}|i\rangle\langle j|\]

に対して定まる二重化したベクトルを

\[\begin{aligned} |X\rangle\!\rangle &:= \sum_{ij}X_{ij}|i\rangle\otimes|j\rangle \end{aligned}\]

と定義します。

特に密度演算子 \(\rho\) を二重化したものを

\[\rho \quad \longleftrightarrow \quad |\rho\rangle\!\rangle\]

と書けます。

この対応は1対1なので、必要であればいつでも元の演算子に戻って計算できます。

任意の二重化ベクトル

\[\begin{aligned} |Y\rangle\!\rangle &:= \sum_{ij}Y_{ij}|i\rangle\otimes |j\rangle \end{aligned}\]

に対して、ブラベクトルのような双対ベクトル

\[\begin{aligned} \langle\!\langle Y| &:= \sum_{ij}Y_{ij}^*\langle i|\otimes\langle j| \end{aligned}\]

を定義すると、

\[\begin{aligned} \langle\!\langle Y|X\rangle\!\rangle &= \left( \sum_{ij}Y_{ij}^*\langle i|\otimes\langle j| \right) \left( \sum_{kl}X_{kl}|k\rangle\otimes|l\rangle \right)\\ &= \sum_{ij}Y_{ij}^*X_{ij}\\ &= \operatorname{Tr}(Y^\dagger X) \end{aligned}\]

となり、演算子同士のヒルベルトシュミット内積がシンプルに表記できます。

量子状態とエフェクト

二重化ベクトルの表記では密度演算子をベクトルとして扱いますが、ベクトルで表せるものが全て密度演算子というわけではありません。
密度演算子には

\[\rho\geq 0, \qquad \operatorname{Tr}(\rho)=1\]

という条件があるので、これを二重化ベクトルで表した

\[\begin{gathered} |\rho\rangle\!\rangle \geq 0\\[0.45em] \langle\!\langle I|\rho\rangle\!\rangle = 1 \end{gathered}\]

を満たす必要があります。
この一つ目の不等式は

\[\begin{gathered} \forall |\psi\rangle \in\mathcal{H},\quad \langle\!\langle P_\psi|\rho\rangle\!\rangle \geq 0\\[0.45em] (\ P_\psi := |\psi\rangle\langle\psi|\ ) \end{gathered}\]

が成り立つこととして定義されます。

この不等式を満たすことを正値性と言います。

正値性を持つ二重化ベクトルは、シュミット分解によって

\[\begin{aligned} |\rho\rangle\!\rangle &= \sum_k p_k |\phi_k\rangle\otimes|\phi_k^*\rangle, \qquad p_k\geq 0 \end{aligned}\]

と非負の係数で正規直交系による展開ができることが知られています。

この分解は行列の特異値分解を二重化ベクトルに対応づけることで得られます。

内積の式

\[\begin{aligned} \langle\!\langle Y|X\rangle\!\rangle =\operatorname{Tr}(Y^\dagger X) \end{aligned}\]

を思い出すと、ボルンの確率規則はPOVM要素\(E_a\)と量子状態\(\rho\)において

\[\begin{aligned} P(a)&=\operatorname{Tr}(E_a \rho) \\[0.45em] &=\langle\!\langle E_a|\rho\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

と計算できることが分かります。
この時、\(\langle\!\langle E_a|\)をエフェクトと呼びます。

量子状態と同様に、エフェクトも二重化ベクトルに対する条件

\[0 \leq \langle\!\langle E| \leq 1\]

によって特徴づけることができます。

この不等号は任意の量子状態\(|\rho\rangle\!\rangle\)に対して

\[0 \leq \langle\!\langle E|\rho\rangle\!\rangle \leq 1\]

が成り立つこととして定義されます。

特に量子状態の条件に出てきた恒等演算子のエフェクト\(\langle\!\langle I|\)はこの不等式の最大値を達成するエフェクトであり、単位エフェクトと呼ばれます。

合成系と量子状態の縮約

「量子論における合成系の導入」の記事にあるように、量子論の合成系はテンソル積空間によって定義されます。

系\(A\)と系\(B\)の合成系の量子状態\(\rho_{AB}\)は、それぞれの系の正規直交基底の積基底で展開することで、同様に

\[|\rho_{AB}\rangle\!\rangle:=\sum_{i,j,\mu,\nu}(\rho_{AB})_{i\mu,j\nu}|i\rangle_A\otimes|j\rangle_A\otimes|\mu\rangle_B\otimes|\nu\rangle_B\]

と二重化ベクトルで表現できます。

ここで、それぞれの系の任意のエフェクトによる同時測定確率を計算すると、

\[\begin{aligned} P(a,b) &= \operatorname{Tr}\left[(E_a^A\otimes E_b^B)\rho_{AB}\right] \\ &= \langle\!\langle E_a^A|\otimes\langle\!\langle E_b^B|\rho_{AB}\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

となります。系\(A\)だけの周辺確率を計算するには系\(B\)の確率を全体で足し上げればよく、それは系\(B\)の単位エフェクトでの測定

\[\begin{aligned} P(a) &= \sum_b P(a,b) \\ &= \langle\!\langle E_a^A|\otimes\langle\!\langle I_B|\rho_{AB}\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

によって計算できます。
系\(A\)のエフェクトの任意性から、部分系としての系\(A\)の量子状態は

\[\begin{aligned} |\rho_A\rangle\!\rangle &:= (\widehat{\mathstrut I}_A\otimes\langle\!\langle I_B|)|\rho_{AB}\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

と定義できます。この部分系の量子状態のことを縮約状態や縮約密度演算子と呼びます。
この記事では二重化ベクトルで表現しているため縮約状態の方を採用します。

ここで \(\widehat{\mathstrut I}_A\) は、系 \(A\) の二重化ベクトル空間に作用する恒等写像です。
一方、\(\langle\!\langle I_B|\) に現れる \(I_B\) は、もとのヒルベルト空間 \(\mathcal{H}_B\) 上の恒等演算子を二重化したものです。

上式から、単位エフェクトは系\(B\)の情報を捨てているように見えることから、廃棄エフェクトと呼んだりもします。

時間発展が持つべき性質

次に時間発展を考えます。
量子状態は本質的には確率分布と同じであり、確率分布の時間発展は情報処理過程として扱うことが可能です。

そこで量子論の時間発展を、量子状態を入力して量子状態を出力する情報処理として捉えます。
系 \(A\) の状態が系 \(B\) の状態へと時間発展する場合を考え、その過程が写像 \(T:\mathcal{H_A}\to \mathcal{H_B}\) で

\[|\rho\rangle\!\rangle\mapsto T|\rho\rangle\!\rangle\]

と記述できるとします。
以降ではこの時間発展写像\(T\)が満たすべき条件を考え、その条件によって量子系の時間発展の一般系を定めます。

時間発展の線形性

量子状態が時間発展した後の出力系 \(B\) の測定を考えます。

まず \(B\) の任意のエフェクト \(\langle\!\langle E|\) による測定確率\(P(E)\)は

\[\begin{aligned} P(E)&=\langle\!\langle E|(T|\rho\rangle\!\rangle) \\[0.45em] &=(\langle\!\langle E|T)|\rho\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

と計算できます。

仮に出力系 \(B\) が入力系 \(A\) の測定器とみなせるとしたら、最右辺の

\[\langle\!\langle E'|:=\langle\!\langle E|T\]

は入力系 \(A\) におけるエフェクトになっているべきです。
そこで仮置きで一旦\(\langle\!\langle E'|=\langle\!\langle E|T\)はエフェクトになっているとしましょう。

次に入力系の初期状態が二つの量子状態の確率混合として

\[p|\rho_1\rangle\!\rangle +(1-p)|\rho_2\rangle\!\rangle,\quad 0\leq p\leq1\]

と書ける場合を考えます。

先ほどの時間発展とその後の任意のエフェクト\(\langle\!\langle E|\) による測定確率は、エフェクト \(\langle\!\langle E'|\) の線形性により

\[\begin{aligned} P(E) &=\langle\!\langle E|T\left\{p|\rho_1\rangle\!\rangle+(1-p)|\rho_2\rangle\!\rangle\right\} \\[0.85em] &=\langle\!\langle E'|\left\{p|\rho_1\rangle\!\rangle+(1-p)|\rho_2\rangle\!\rangle\right\}\\[0.85em] &=p\langle\!\langle E'|\rho_1\rangle\!\rangle +(1-p)\langle\!\langle E'|\rho_2\rangle\!\rangle \\[0.85em] &=p\langle\!\langle E|T|\rho_1\rangle\!\rangle +(1-p)\langle\!\langle E|T|\rho_2\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

となります。
エフェクト \(\langle\!\langle E|\) は任意のため、上式から外すと

\[T\left\{p|\rho_1\rangle\!\rangle+(1-p)|\rho_2\rangle\!\rangle\right\}=pT|\rho_1\rangle\!\rangle+(1-p)T|\rho_2\rangle\!\rangle\]

が成立します。

この式の性質はアフィン性と呼ばれており、\(p\)の値は任意の実数を入れてもこの等式が成り立つように一意に拡張できることが知られています。
すなわち、上式の成立は時間発展写像 \(T\) に線形性があるということを意味しています。

そこで、仮置きにしていた--\(\langle\!\langle E'|=\langle\!\langle E|T\)はエフェクトになっている--という条件を改めて、\(T\)は線型写像であるという条件として採用します。

トレース保存と完全正値性

時間発展の入出力はどちらの量子状態であることから、二重化ベクトルが量子状態であるための二条件を保つ必要があります。

まず一つ目は、入出力の両方で全確率が1となること、すなわち

\[\begin{aligned} \langle\!\langle I_B|T|\rho\rangle\!\rangle &= \langle\!\langle I_A|\rho\rangle\!\rangle \end{aligned}\]

が任意の状態で成り立つことが要請されます。
状態を外して書き直すと

\[\langle\!\langle I_B|T = \langle\!\langle I_A|\]

と書けて、これは単位エフェクトで情報を廃棄するのであれば時間発展したかどうかは無視して良い、という直感的な解釈が可能です。

上記のいずれかの式で表される性質をトレース保存性と呼びます。

次に量子状態の二つ目の条件

\[|\rho\rangle\!\rangle \geq 0\]

について調べていきます。

素朴に考えるとトレース保存性と同様に、入出力の両方において \(|\rho\rangle\!\rangle \geq 0\) であれば良いように思います。
これを(時間発展写像の)正値性と言います。

しかし、この入力の状態が何らかの系の部分系の縮約状態である可能性があることに注意する必要があります。

現実には完全に孤立した系というものがある保証はなく、量子状態は過去に一度でも他の系と相関すると勝手には相関は切れてくれません。

ということは孤立系だとしても何らかの全体系の部分系である可能性は常にあると考える必要があります。

そうした時に、系\(A\)の縮約状態だけの時間発展だけ正値性が保たれていればいいとすると、全体系としてはあり得ない時間発展写像が作れてしまうことがあります。
具体的には、部分転置は部分系の正値性は保ちつつも全体系の正値性を破壊することが知られています。

対策として、もしあるかもしれない何らかの他の系 \(R\) との相関に備えて、系 \(A\) の時間発展を考える時にはそれ以外の系の時間発展は凍結しているものと明記することでこの不具合を回避します。

すなわち時間発展写像は単に\(T\)ではなく、本来は

\[T\otimes \widehat{\mathstrut I}_R\]

だと考えて、この写像の正値性を要請します。
この条件を満たす写像を完全正写像と呼びます。

以上をまとめると、時間発展写像は

  • 線形性
  • トレース保存性
  • 完全正値性

の三つの性質を持つ必要があると判明しました。

これらをまとめて、CPTP写像であると言います。
(文献によってはTPCPだったりします。誤字なのかどちらでも良いのかは知りません。教えてください。)

孤立系の時間発展とシュレディンガー方程式

外部の量子的自由度とは相関を作らないという理想化された量子系を考えます。
以下ではこれを単に孤立系と呼びます。

外部の系と相関を作らないということは、その系からは量子状態が持つ情報が取り出されないということを意味します。

量子論の思想としてはやはりミクロな系を詳細に精密に捉えたいという気持ちがあり、
外部から乱される要因がないのであればその系の情報はそのまま壊れずに保管されているべきだと考えるのは自然です。

ただし孤立系も時間発展はするため、それを考慮して言い換えると、

「仮に時間変化したとしても、状態によらない方法で復元できるべきである」

ということができるでしょう。

よって、孤立系の時間発展は可逆であり、\(T\) に対してCPTPを満たす逆写像 \(T^{-1}\) が存在することを要求します。

有限次元で同じ系の上のCPTP写像を考えると、この条件を満たす写像はユニタリ演算子\(U\)を用いて

\[\begin{aligned} |\rho\rangle\!\rangle &\mapsto \widehat{U}|\rho\rangle\!\rangle, \qquad \widehat{U}:=U\otimes U^* \end{aligned}\]

と書けることと同値になることが知られています。

エルミート共役ではなく複素共役 \(U^*\) が出てくるのは、\(\rho\mapsto U\rho U^\dagger\) における右側の \(U^\dagger\) が二重化によって転置されたためです。

さらに時刻\(t\)による(群同型の)パラメータ化ができることを要請すると、ストーンの定理によって

\[U(t):=e^{-i\Omega t}\]

と、エルミート演算子 \(\Omega\) を用いて表現できます。

「正準交換関係の導出とハミルトニアンの意味」で判明したように、\(\Omega\) にプランク定数をかけたものは量子系のハミルトニアンになっています。すなわち \(H = \hbar \Omega\) であり、両辺を時間微分することで、

\[i\hbar\frac{\partial }{\partial t} U(t) = H U(t)\]

という微分方程式が得られます。

さらに量子状態の通常のベクトル \(|\psi\rangle\) に作用させることで、

\[i\hbar\frac{\partial }{\partial t} |\psi(t)\rangle = H |\psi(t)\rangle\]

といういつものシュレディンガー方程式が得られます。

一般の時間発展とシュタインスプリング表現

孤立系の時間発展がユニタリー演算子で書けること、量子力学の系ではシュレディンガー方程式を満たすことが分かりました。

しかし以上の議論だけだと、一般のCPTP写像で表される時間発展写像はどう言った時に現れるのだろうか?
もしかすると条件が緩すぎて本来なら不可能な時間発展写像も許してしまっているのではないか?
という懸念が払拭できません。

実は任意のCPTP写像は、系を孤立系になるまで広く取った場合の縮約状態の時間発展として実現できることが分かっており、
この心配は杞憂であることが知られています。

証明は量子情報科学入門などを参照いただくこととし、結論だけ紹介します。

任意のCPTP写像による時間発展は、入力系 \(A\) と補助系 \(R\) の合成系を用いて

\[\widehat{\Phi}|\rho\rangle\!\rangle=\langle\!\langle I_R|\,\widehat{U}\,|\rho\rangle\!\rangle\otimes|P_0\rangle\!\rangle_R\]

と書くことができます。これをシュタインスプリング表現と言います。

この表現は

  1. 補助系の状態\(|P_0\rangle\!\rangle_R\)を追加
  2. 全体を孤立系としてユニタリー演算子 \(\widehat{U}\) 時間発展
  3. 補助系の廃棄エフェクト \(\langle\!\langle I_R|\) で縮約

という手続きによって任意のCPTP写像による時間発展は実現できることを表しています。

従って、任意のCPTP写像による時間発展は孤立系の時間発展をうまく設計できさえすれば実現可能であると言えます。